修羅場体験こそ成長のチャンス

人間力
  • 大型ワークアウト交渉
  • 契約が第一、浪花節は通用せず
  • 苦境、トラブルが実力を伸ばす

Crisis in business

大型ワークアウト交渉

私は大手都市銀行で海外不動産を対象にしたプロジェクトファイナンスを何年かに亘り担当しましたが、1990年代前半は欧米に於いても不動産バブルが崩壊し、多くの担当案件がリストラに追い込まれました。なかでも非常に苦労し、記憶に残るのは、米国での大型リゾートプロジェクトのワークアウト(不良債権処理)交渉でした。融資金額が非常に大きかったのに加えて、他の多数の日系金融機関との協調融資の主幹事だったので責任重大でした。

月の半分ぐらいは主にニューヨークに出張し、リゾートの共同オーナーである世界的なホテル会社、大手不動産デベロッパーと断続的に何ヶ月も交渉を重ねました。毎晩レストランで食事するのにもさすがに飽き、出張に電気湯沸かし器を携え、一日の交渉や弁護士との打ち合わせ終了後、ホテルの客室でインスタントラーメンをすすりながら、本部にファックスする報告書を書いたのも今となっては懐かしい思い出です。当時はまだインターネットやメールが普及する前で、電話とファックスが海外との主な通信手段でした。

そのリゾートの共同オーナーは、それぞれウォールストリートジャーナルやビジネスウィーク誌に登場するような全米有数の富豪ファミリーでした。交渉を始める前はいったいどんな連中なのだろうと興味津々でしたが、実際に交渉を始めてみると、やはりだてに巨富を築いたのではないと実感させるタフネゴシエーター達でした。

我々の融資取引はオーナー達の保証付きではなく、融資対象のリゾートの資産とそれが生み出すキャッシュフローだけを返済原資とした、いわゆるノンリコースローンでした。従って、将来に亘るリゾートの収益性をどう見るか、それを前提に実質的な債権カットをどこまで許容するかが、交渉のポイントでした。いろいろ紆余曲折はありましたが、プロジェクトの業績不振が交渉を基本的に左右し、融資銀行団の立場からすると厳しい結果に終わり、大きな授業料を払うこととなりました。

契約が第一、浪花節は通用せず

最後は厳しい結果となり、仲間の日系金融機関にも迷惑を掛けてしまったのですが、本当に学ぶところの多いマラソン交渉でした。リゾートオーナーの富豪ファミリーは交渉の大きな節目では、一族のドンのような人物が自ら出てきて、謂わばビッグピクチャー的な話をしていきます。しかし、普段の交渉に於いては彼らの右腕と言える交渉役の幹部社員が出てきます。この交渉役が大体は弁護士資格を持ち、実に優秀で、オーナーの利益を守るためには、押しても引いても一歩も動かないという感じで、ほとほと感心するぐらいのタフネゴシエーターでした。

我々も多額の融資金がかかっていますので、米国の一流弁護士事務所を起用し、戦略を練り、担保権の行使など法的手段もちらつかせながら交渉に努めました。しかし、契約上の立場を基本的に覆すことは出来ません。米国のビジネス社会に於ける契約第一主義と経済合理性の貫徹を痛いほどに実感し、特に前向きの提携交渉などと異なり、利害が真っ向から対立するワークアウトの交渉に於いては、日本的な浪花節はまず通用しないことを思い知らされました。

プロジェクトを一緒に始めるときは、米側パートナーも実にフレンドリーで友達になったように思いますが、ひとたび利害対立するようになると、まさに君子は豹変す、で実に厳しい交渉になるのです。そうした場合、こちらとしては当然頭に来ますが、いたずらにカッカしても意味はなく、自分たちの契約上、取引関係上のポジションというものを冷静、客観的に見極め、その上に立って最大限有利な落とし所を目指すことが交渉の目標となります。

苦境、トラブルが実力を伸ばす

ワークアウト交渉を通じて、米国の著名な富豪ファミリーについて、彼らのモノの考え方やビジネスの進め方をつぶさに観察できたのは貴重な体験でした。当然一族のメンバーがトップにいてビジネス戦略を考え、それを踏まえた様々な指令を出すのでしょうが、その意を体する実行部隊として、前述のような極めて優秀な実務担当者が周囲をがっちり固めているのでした。そうした担当者にとってはファミリーの指示が絶対であり、少しでも期待を裏切れば即職を失ないかねないでしょう。彼らは彼らで必死で交渉していたのだと思います。

同時に、手ごわい相手との、長期に亘る難交渉を通じて、交渉戦術や交渉手法について大変勉強になりました。新規ビジネスで問題を繰り返さないための様々な留意点も学びました。実地の勉強、訓練は、本を何冊読むのにも勝ります。この案件が決着した後も、内外でバブル崩壊に起因した様々な不良債権処理や取引先との厳しい交渉を経験しましたが、冷静に相互の交渉ポジションを分析し、弁護士等の助言を適切に活用しながら、より上手く交渉できるようになったと思います。

修羅場を経験したことで、ちょっとやそっとでは動揺しない胆力が身に付いたことも間違いありません。どんなに厳しい状況に直面しても、あの時のワークアウト交渉以上に大変なことにはなりえない、という謂わばクソ度胸が出来ました。若いうちは買ってでも苦労をせよと良く言いますが、まさにその通りで、大きな苦境を体験し、悪戦苦闘して乗り切ることにより、普段順調にビジネスが運んでいる時に比べて遥かに勉強し、実力を伸ばすことができます。特に欧米の厳しいビジネス世界、契約社会を学ぶには、物事がうまく行っている時ではなく、トラブルが起きた時こそが、本当に成長のチャンスになります。

Wolverine
Wolverine
大学卒業後、新聞社に入り、経済記者、海外特派員として約10年勤務、その間、米国留学。30代前半で大きく方向転換し、バブル経済を背景に初めて中途採用するようになった大手都市銀行に転職。ニューヨーク、ロンドン駐在、都内の営業拠点長などを経験、プロジェクトファイナンス、国際金融、大企業取引などに携わる。その後、系列の上場リース会社役員を経て、現在は関係ファイナンス会社副社長。国際人材育成を後押しすべく、日米教育交流事業を推進する公益財団の役員も務める。

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