多様性がベスト・プラクティスを生む

人間力
  • 中途採用が国際標準
  • 欧米のマネジメントはまさに人の管理
  • 多様な人材がより良いアイデアや手法を生み出す

中途採用が国際標準

私は新聞記者から大手銀行の中途採用に応募して転職した経験の持ち主ですが、実はこの「中途採用」という言葉が個人的にはあまり好きではありません。「中途」という言葉の響きが今一つ好きになれない理由の一つですが、それ以上に大きな要因は、銀行員としてニューヨーク、ロンドンで働いた時の経験があります。

と言うのも、欧米のビジネス界、少なくとも金融の分野では、幹部クラスは大多数が中途採用で、それが当たり前です。そもそも欧米には中途採用という概念や一言で表わす言葉も存在しないものと思います。和英辞典を見ると、いちおう「mid-career recruitment」といった訳語が載ってはいます。しかし、この言葉を欧米のビジネスマンに対して発しても、恐らく「それなに?」ということになると思います。「中途採用」という言葉の存在自体が、日本の企業社会や労働市場がいかに国際的に異質であるかを象徴しています。

欧米の金融機関では幹部クラスは内部昇格も勿論ありますが、会社を変わりながらポジションや給与レベルを上げていき、キャリアアップを図っていくのが普通です。当時、欧米支店のマネジャーとして我々が頭に入れておくよう言われたのは「15%ルール」です。これはどういうことかと言うと、現地のスタッフは15%以上給料が上がるポジションがよそで見つかると転職を考えるということでした。転職には相応の手間ひまやリスクを伴うので、少し給料が上がる程度では踏み切らない。「15%」がその分水嶺だと言うのです。例えば、年収10万ドルの人は11万ドルのポストには移らないが、12万ドルに上がるチャンスがあれば、真剣に転職を考えるということです。

欧米のマネジメントはまさに人の管理

私はニューヨーク、ロンドンでグループヘッド(次長)から最後は数十人の部下を抱えるディヴィジョンヘッド(部長)を務めましたが、このように現地スタッフは非常に流動的なので、常に業務遂行に必要なチームを維持すること、特にチームの要となる幹部スタッフをキープすることに留意していました。欧米では日本のように大きな権限を持つ人事部は存在せず、各部店長が部下の採用や処遇に責任を持っており、謂わば部店長=担当部門の人事部長でもあります。

日頃からスタッフが処遇に不満を抱えていないか良く観察する必要があるほか、個々人の“マーケットバリュー”を推定し、前記の「15%ルール」も念頭に置きながら、役職や給与水準を決める等、きめ細かい対応を求められます。ニューヨーク、ロンドンで、私は主に現地の大企業相手の営業を担当しましたが、いかに営業マンの採用や人事管理を適切に行ない、最適な営業体制を維持していくかが、ある意味では営業活動以上に重要な仕事でした。

その過程では、スタッフとの緊張関係や複雑微妙な駆け引きがあり、また欧米金融界ではチームごとごっそり他行に引き抜かれるといったことも珍しくないので、常に神経を使いました。日本で部店長をやっていてもこうした心配はほとんどなく、欧米に於けるマネジメントの難しさであると同時に、醍醐味でもありました。

多様な人材がより良いアイデアや手法を生み出す

こうしたわけで、現地スタッフの多くは複数の欧米金融機関を渡り歩いてきた人です。彼らと一緒に仕事をして感じたのは、いろいろの業務の進め方について、「A銀行ではああやっていた」、「いやB銀行のやり方はこうで、より効率的だった」というように、それぞれの経験を背景に様々なアイデアが出され、その結果、謂わば“良いとこ取り”をする形で、更に良いやり方が生まれていくことです。

欧米金融機関では、こうしたプロセスが長年に亘って繰り返されてきており、その結果、標準的な、汎用性の高いベスト・プラクティスというものが確立しており、これがまた人々の移動をより容易にしていると言えます。経営トップの方針によって営業戦略が大きく異なることはあっても、ルーチン業務の進め方は銀行によって大きく違わないものと思われます。銀行業務の重要なインフラである情報システムに関しても、どの銀行から来てもすぐに使えるような汎用性の高いプログラムが普及していました。

日本の場合はこうは行きません。私は銀行に在籍中、複数の合併を経験しましたが、お互い同業者とは言いながら何十年にも亘り純粋培養されてきたカルチャーや慣行を持っています。物事の進め方が随分異なるほか、使う用語も異なり、しばらくはいちいち用語の意味を確認しないと、会話が成立しないようなこともありました。社内文書のスタイルも異なり、書いたメモを見れば、出身行がすぐに分かるという状態が続きました。欧米では、こうしたことはゼロではないとしても、ほとんど問題とならないでしょう。

スタッフの多様性を活かしてベスト・プラクティスを作り、発展させていくというのは、日本企業の不得手な部分と思います。しかも、長い歴史を持つ名門企業ほど自分たちのやり方が最善であると思いがちで、それが改革を妨げているのではないでしょうか。

国際競争を勝ち抜くには、常に新しいやり方や他社の成功例を積極的に取り入れる柔軟性が求められます。そのためにも、男女、国籍などを問わず、様々なバックグラウンドを持つ多様な人材を集め、それぞれの能力、経験、創造性を自由に発揮してもらうことで、より良いアイデアや手法を生み出していく環境作りが重要でしょう。                      

Wolverine
Wolverine
大学卒業後、新聞社に入り、経済記者、海外特派員として約10年勤務、その間、米国留学。30代前半で大きく方向転換し、バブル経済を背景に初めて中途採用するようになった大手都市銀行に転職。ニューヨーク、ロンドン駐在、都内の営業拠点長などを経験、プロジェクトファイナンス、国際金融、大企業取引などに携わる。その後、系列の上場リース会社役員を経て、現在は関係ファイナンス会社副社長。国際人材育成を後押しすべく、日米教育交流事業を推進する公益財団の役員も務める。

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