人間的な成長Ⅱ-『修羅場体験』でバイアスは取り払われていく-

バイアス人間力
  • 過去の経験に引きずられていたかつてのマネジメント
  • 突如としてやってきた修羅場の日々
  • 「修羅場体験」によって気付いた自らのバイアス
  • 「修羅場体験」は動かないと始まらない

『修羅場体験』でバイアスは取り払われていく
前号『バイアスを知ろう』では、バイアスという偏った見方と、バイアスは誰にも存在するものであるということをお話ししました。
それでは、バイアスを取り除く方法はあるのでしょうか。残念ながら、バイアスが簡単に取れてしまう画期的な方法を私は知りません。ただ、逆境に立ち向かい、修羅場とも言える状況を乗り越えることで、自分の持っていたバイアスと向き合い、取り除かれていった経験はあります。ここでは私の経験をもとにして、バイアスと向き合い、取り除いていく方法をお伝えしましょう。

過去の経験に引きずられていたかつてのマネジメント

新人時代、上司から厳しく管理される状態で仕事をしていた私は、自分がマネジメントをする立場になった時も同じようなことを部下に言っていました。まさに、過去の経験バイアスに引きずられていたのです。
独立し、最初に人事コンサルタントとして契約した会社では、5人のメンバーをもつ管理部の部長として常駐し、1年間携わりました。そこで私は、メンバーの業務内容を徹底的に管理するように努めたのです。毎朝、部下には業務の進捗と、その日にやるべきタスクを報告させます。進捗予定から遅れていたり、昨日やるべきだったタスクが片付いていなかったりすると、徹底的に問い詰めていきました。「どうしてできていないのか?」「自分でやると言ったじゃないか」――自分の部下の仕事が遅れることで、他のメンバーや取引先に迷惑をかけてはならない。また、こんな部下に進捗管理まで任せていたらどうなるか知れない。そんな一心で、つぶさに部下の業務を追う管理型のマネジメントを行っていたのです。

これでも確かに仕事を進めることは可能ですが、いわば恐怖政治であり、部下はただ上司に怯えて言うとおりにしているだけで、自分の持っている力を存分に発揮しようなどとは考えられません。力でねじ伏せるマネジメントだったこの頃は、言われたことはやるが、それ以外のことをやらない組織となり、なかなか人が育たず、頭を抱えていました。「マネジメントとはパワーで行うもの」、そのようなバイアスがかかっていたことを自覚できなかった私には、他の方法を思い浮かべることができなかったのです。

突如としてやってきた修羅場の日々

しかし、修羅場とも言えるような経験をすることで、私は自分にかかっていたバイアスに気付き、変わっていきました。
私は30代前半に、三つの壮絶な経験を同時に味わうことになりました。ひとつ目は、初めての子どもが生まれたこと。夜ろくに眠れないという生活が突如として始まりました。そしてふたつ目が、職場から強い反発を受けたこと。最初にコンサルティングをしていた会社のあと、とあるITベンチャー企業で取締役に就任した私は、会社の成長を願って大胆な改革を強引に進めようとしました。その結果、古くからいた経営幹部から目の敵にされ、取締役でありながら社内では四面楚歌に陥ってしまいました。それに加えて三つ目が、ビジネススクールに通い始めたこと。経営者に求められる知識を吸収したかった私は、大前経営塾に通うことにしました。土日は経営塾のレポートに追われ、ろくに家族との時間を過ごすことができませんでした。時には、会社の業務をさぼってレポートをまとめるという本末転倒なことさえもありました。

「修羅場体験」によって気付いた自らのバイアス

夜は赤ん坊の面倒を見て、朝になって会社に行けば周りからそっぽを向かれ、土日は経営塾に消えていく。そんな生活を約1年送ったことになります。私の肉体的・精神的な疲労はピークに達しました。そんな時、「これまでのやり方では前に進めない」「自分の考え方を根っこから変えるべき時なんじゃないか?」という考えに至るようになりました。

まずは先述したマネジメント手法。力と立場で言うことを聞かせていたマネジメントの方法は、子どもが生まれるという経験によって大きく変わりました。赤ん坊に「うるさい!泣くな!」と言っても泣き止むことはありません。力や恐怖で言うことを聞かせるのではなく、内から湧き出る母性と愛情を子どもに捧げることで、子どもは安らかに眠ることができます。

すると自ずと、部下に対する接し方も、無理やり管理するのではなく「信じて任せる」「頑張りを支える」という姿勢に変わっていきました。(こちらについては『母性』で詳しく取り上げています。)
また、私を目の敵にしていた経営幹部に対しても、考え方・接し方が変わっていきました。「自分は正しいことをしているから多少強引でも構わない」というおごった考えを捨て、「力ではどうにもならない」「自分ではなく相手を主体に置く」ように転換したのです。イソップ寓話の例を借りるなら、まさに北風から太陽へと考え方を改めた瞬間でした。

この時期は自分にとって本当に辛い経験でしたが、「こうでなければならない」という思い込み・固執・バイアスを捨て、他の方法をとることで状況を改善させるとともに、人間的にも大きく成長するきっかけを与えてくれたのです。

「修羅場体験」は動かないと始まらない

初代ドイツ帝国宰相として知られるビスマルクは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」という有名な言葉を残しています。これも一つの真理でありながら、やはり人は経験しなければなかなか学ぶことはできないのではないかとも私は思います。活動し、人と深く付き合い、トラブルを乗り越えていく中で自分のバイアスに気付き、取り払っていくのではないかと思うのです。
大きな修羅場は、待っていてもなかなか来るものではありません。「若いうちはたくさん失敗しろ」とよく言いますが、自ら動き、失敗を重ねることでバイアスを取り払っていこう、そして人間的に大きく成長していこうという意味にも私には捉えられます。また、既に苦しい状況に置かれている人にとっては、今こそとらわれていたバイアスを取り払い、大きく成長するチャンスであるということも伝えられたらと思っています。

人はもがいていくからこそ、バイアスが取り払われ、成長する

yuma
yuma
SOOLファウンダー。異彩人材を次々に惹き付ける独特の声、才能を引き出す不思議な眼力を持ち、人間をこよなく愛する3児のパパ。子供達があこがれを抱くかっこいい大人で溢れる世界を作ることを目指して旅を続ける。同じ志とパワーを持つ伝道師の発掘と育成に命を注ぐ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ページトップへ戻る