むかつく「多様性」

人間力
  • 「多様性の時代」
  • 「多様な世界」はパラダイスか
  • 相容れない価値観の数々
  • 違う価値観は「疑心暗鬼」を生む
  • 「疑心暗鬼」を解消する方法

金髪男性 緑メガネ

「多様性の時代」

企業でも社会でも「多様性」≒「ダイバシティ」流行りである。人々の個性を最大限に尊重するという人権保護的な文脈や、企業が環境の変化に対応するためには、環境と同程度の多様性を組織内にも持っておかねばらない(例えば、男女比や年齢構成等)という経営戦略的な文脈などから、「組織は多様性を保持すべき」という命題は支持されている。
私も、古典芸能やスポーツなど、比較的長い間環境(≒制約条件、ルール)が変わらない世界を除いては、「多様性」が重要であると思う。どんなメディアでも「多様性」は賛美されている。こんな風にことさら大げさに言うまでもないかもしれないが、現代は「多様性の時代」である。

「多様な世界」はパラダイスか

このように「多様性」の必要性には異論がないが、本当に「多様性」が実現した「多様な世界」についても、非の打ちどころのない素晴らしい世界≒パラダイスであるかのような物言いについてはやや違和感がある。「世界に一つだけの花」的に、様々なonly one が咲き誇る世界は、そこに住む人々にとって気安い幸せな場所なのだろうか。私はそうは思わない。
多様な世界とは、違う考え方、違う価値観の人がすぐそばにいる世界である。ふつうに考えれば、人は自分と同じ考え方を持っている人と気が合うわけで、違う価値観の人とは気が合わない。多様な世界では、隣の人は何をするにしても自分の気の済むようなことはしてくれない。このように、いちいち自分の考えと合わない行動をする「むかつく」人々がまわりにいるのが多様な世界である。そんな世界がパラダイスなわけはない。毎日がイライラの連続で、天国とは程遠い世界と言えよう。

相容れない価値観の数々

 仕事一辺倒のワーカホリックにとっては、ワークライフバランスとか言っている人は仕事に対する真剣味に欠ける人に見えるかもしれない。愚直にルーチンワークをこなすことで良い成果が生まれるとする職人気質な人にとっては、仕事の効率性を重要視し、最終目標に対して一番近い道をショートカットして進もうとする人は、怠け者に見えるかもしれない。物事をざっくりと大まかに捉えて要点のみをつかもうとする人から見ると、物事の細部にこだわり一つ一つを丁寧に確認しながら進める人は、愚鈍な人間に見えるかもしれない。協調性を重視してみんな仲良くしていこうという人は、ストレートに物事を言い合って侃々諤々議論をしていくことを望む人からは、八方美人の情けない人に見えるかもしれない。新しいことをどんどん開拓していきたい好奇心旺盛な拡散型の人は、一つのことをじっくりと掘り下げて深めていくような保全型の人にとっては、行き当たりばったりの適当な人に見えるかもしれない。何事も白黒をはっきりつけたい人にとっては、グレーなままでありのままを受け止めるような清濁併せ呑む人は、優柔不断な勇気のない人に思われるかもしれない。大きな夢を語る理想家は、現実的な地に足のついた人からは、嘘つきホラ吹きに見えるかもしれない。

違う価値観は「疑心暗鬼」を生む

 しかし、上記の対立的な価値観はいずれもどちらが正しいということはなく、それぞれ立派に成立する価値観である。さらに言えば、どちらが正しいというよりも、双方の中でどれぐらいのバランスを取るかということが実際には重要なことなのであろう。だから、それぞれの派に属する人同士がいがみ合うことがないようにするために、どんなことができるかが多様な世界を維持するために重要なことである。
 違う思想を持つ者同士は、意識しているかいないかは別として、基本的には敵意を抱いている。だから、何か問題と思われる行動があれば、すぐに悪い方に解釈してしまう。いわゆる「疑心暗鬼」である。理解できない相手は恐怖の対象で、理解できない行動は悪い方に悪い方に解釈される。嫌いな相手がすることは全て嫌なことに見えてしまう。

「疑心暗鬼」を解消する方法

 相容れない価値観を持つ者同士は、究極的にはわかりえることはなかなかない。組織の多様性を維持するためには、これを超える必要がある。違う価値観を持つ者同士が自分の価値観を折り曲げて何かにすり寄ることは、元々組織の多様性を追求したいという方向性からはずれている。なので、価値観を曲げてまで、一体感を求めるのは本末転倒である。
 だから、価値観の違いによる疑心暗鬼を解消するには、別の方法が必要である。それは相手を良く知ることでしかない。「知るは愛に通ずる」と私の昔いた会社でよく言われていたがその通りで、相容れない人とはよく知り合うことによってしか、良い人間関係をつくることは難しい。違う価値観はすり合わせるのではなく(すり合わせてしまうのであれば、元々求めている多様性が薄れてしまう)、共存することが必要。そのためには、違う価値観を持つ者が共存する時に生じるいざこざを解消しなくてはいけない。
 例えば、「飲みニケーション」などと前時代的な言葉でバカにされるインフォーマルなコミュニケーションは、この多様性の世界においては実はさらに重要に思える。効率性を求める人々からはNGかもしれない。しかし、酒を飲んで仕事以外のプライベートなことを話し合うような場で相手の考え方を知ることで、「疑心暗鬼」を捨てることができるのであれば、それはかなり効果的なことであるかもしれない。
 多様性の時代にこそ、昭和的なインフォーマルコミュニケーションが必要かもしれない。

Sowa Toshimitsu
Sowa Toshimitsu
故河合隼雄先生に憧れて臨床心理学を志したが、結局挫折して民間企業へ。 リクルート、ライフネット生命、オープンハウスなどで、一貫して人事や採用の責任者を担当してきた。現在、京都と東京の二重生活を送りながら、人と組織の可能性の最大化を支援するためなら何でもやるコンサルティング会社、人材研究所(詳細はこちら)の代表をつとめている。経営はまだまだ素人なので、手助けしてくださる方、絶賛募集中。好きなアーティストは尾崎豊、岡村靖幸、チャゲアスとちょっとやばい系。 著書に「知名度ゼロでもこの会社で働きたいと思われる社長の採用ルール48」(共著)「できる人事とダメ人事の習慣」「就活後ろ倒しの衝撃」

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