プラシーボ効果と医学に学ぶ人材育成

人間力
  • 良い医者=良い教育者?
  • プラシーボ効果の不思議
  • プラシーボ効果を向上させるコミュニケーション
  • 寄り添うことの意味

1. 良い医者=良い教育者?

「良い医者は良い教育者である」
「人材育成は医者に学べ」
などと言ったら、不審がられるでしょうか。

あまりにも我々が日常接する医者のイメージとはかけ離れた問題提起ですが、人材育成というテーマを考えるにあたって医療の現場には1つ、企業に比べて圧倒的に有利な要素があります。

それは「明確に人が病気から回復する」こと。

私は長く人事の現場に居ましたが、人事の難しさは突き詰めると「効果がはっきりしない」ことに行き当たります。人材育成施策がいつまでも空回りし、なかなか改善されていかない原因は「何が上手くいって、何は失敗したのか」というフィードバックが曖昧にしか受けられないことにあります。その点医療は、目の前に病気を抱えた患者が居て、明確に治った・治らない、というフィードバックがあるのです。

そこで「プラシーボの治癒力—心がつくる体内万能薬」という書籍から、薬理効果に頼らずに医者がいかに患者の回復を手助けできるのかという、そのまま人材育成に応用できそうな興味深いノウハウを紹介したいと思います。

2. プラシーボ効果の不思議

プラシーボ効果。薬理効果のない偽薬(プラシーボ)を服用しても、なぜか病気がなおってしまう現象のことです。通常医薬品は、比較実験を通じてプラシーボ以上に優れた効果があった場合のみ、効果のある薬として認められます。

世界中のあらゆる新薬の実験を行った論文を集めて分析(メタ分析と言います)をしてみると、平均して30%もの人が偽薬を与えられただけで症状が改善しているのだそうです(新薬が認められるには、当然この30%より高い効果を発揮できなければいけないことになります)

冷静に考えるとおどろくべきことで、なんの薬理効果もないただのブドウ糖を「薬です」と渡されるだけで病気が直るのですから、プラシーボは見方によっては究極の万能薬です。

そしてこれは、人類の歴史からみても、実は納得がいくものです。
現代的な意味で、効果が科学的に解明されている薬が開発されたのは、ここ数十年のことにすぎません。しかしそのずっと以前から、世界中に医師は存在し、いわばプラシーボを処方してその地位を築き続けてきたのです。長い間、人類にとって薬とはプラシーボだったのです。

3. プラシーボ効果を向上させるコミュニケーション

それでは、どうすればこの万能薬とも言えるプラシーボ反応を効果的に引き出すことができるのでしょうか。
通常の薬では効果が出せなかった人に対して行われたプラシーボによる治療の事例が多数紹介されているのですが、要約すると

「病気が持つ意味がポジティブなものだと、プラシーボ反応は起こりやすくなる」
のだそうです(念のため、著者は医師免許をもつ医者であって、代替療法家ではありません)
そして、

ポジティブな意味づけを可能にするのは、

  • 意味のある説明
  • 思いやりといたわり
  • 主導権とコントロール

の3つのうちどれか、ないしその組み合わせなのだそうです。

この3つの項目、「人材育成の要諦」としてよく語られることと、共通点を感じさせます。

著者が経験した実例として紹介される具体的に3つの項目を達成していくプロセスは、患者からの明確なフィードバックのもとに工夫がされていったのでしょう。とても精緻で示唆に富んでいます。

中でもとりわけ、企業の現場でもそのまま使えそうなのが、「主導権とコントロール」をとりもどす方法。

「私の病気は私の人生をどれくらい支配し、私はどれくらい自分の人生を支配しているか?」と問いかけるのだそうです。例えば、糖尿病が15%を支配し、私は85%の主導権をもっている、という具合。

そこから続けて、こんなことを質問していきます。
「どんなに少しだけでも、一時的でもいいから、私が病気から主導権を取り戻すのに成功した時のことを思い出してみると、その時何がいちばん効果がありましたか?」
「それを毎日もっとするためにはどうすればいいと思いますか?」

こう問いかけることで、患者は病気から自分の人生の主導権を取り戻していく実感を持ち、プラシーボ反応が出やすくなるのだそうです。「病気」を「仕事」に置き換えると、「もっと主体性をもってほしい」と感じている部下とのコミュニケーションに、明日からでも使えそうではないでしょうか。

4. 寄り添うことの意味

ご紹介したいノウハウはたくさんあるのですが、紙幅の都合もありますので、最後にもう一つだけ少し違った角度からの、面白いエピソードを抜き書きします。

中央アメリカの先住民の文化では、出産の際ドゥーラという、一種の立会人が居るのだそうです。この立会人、特別な技術もなく、訓練も受けたことがなく、ただ出産しようとする女性の傍にいるだけなのだそうです。

これに興味を持ったアメリカの医師が自身の務める病院でドゥーラを仕立て、妊産婦を2つのグループに分け、一方にのみドゥーラを立ち会わせました。その結果、ドゥーラがついたグループでは、分娩が短時間で簡単に終わり、母子ともに出産後の合併症の発生が明らかに少なかったのだそうです。またインドでは、現代でも手術を控えた晩に、患者を独りで過ごさせることはしないのだそうです。

疾患と医療という、極めて科学的にプロセスの解明が進んでいる事象の中にも、こんなことが不思議なことが起き得るのです。翻って私達の所属する組織はどうでしょうか。企業の現場でもノマドといったワークスタイルが取りざたされる一方で、「昼食を一緒に食べるチームはパフォーマンスが良い」といったデータが近年報告されるようになりました。仕事や組織というものは私達が考える以上に分解が難しく、「ただそこに一緒にいる」ことの価値は、もっと見直されてよいのかもしれません。

企業における人材というファクターは、数値化が難しいものです。だからこそ医療という、治療として良し悪しの結果が出やすい場所で得られた知見は貴重で、学ぶべきものがあると、そう教えてくれるおすすめの一冊です。

【参考文献】

  • 「プラシーボの治癒力—心がつくる体内万能薬」ハワード ブローディ(著), 伊藤 はるみ (翻訳),日本教文社

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祐司 佐久間
祐司 佐久間
Watson Wyattにて人事コンサルタント、面白法人カヤックの人事チームリーダーを経て現在は大学院で心理学を専攻中。 「データに基づいた人事」をテーマに、ウェアラブル端末やビッグデータ、生理情報、バイオフィードバックなどの切り口からこれまで企業では用いられていなかったデータを組織に活かす方法を模索している。

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