自由な人は分かっている「負けるが勝ち」

自由

お互い一歩も譲らず、長い間対立している状態……仕事・プライベート問わず、よく見られます。
そんな時には、こちらから譲ってみませんか。ことわざにも言われています、「負けるが勝ち」と。

患者と看護師の言い争いを収束させたのは……

年末のある日、病院で見かけた光景です。
待合室で、患者さんと看護師さんが口論していました。どうやら患者さんがだいぶ待たされているらしく、しびれを切らして看護師さんに詰め寄っているようです。しかしその日は年末ということもあってか、病院は診察を待つ人で溢れかえっていました。
その患者さんはだいぶおかんむりのようで、「時間通りに順番が回ってこない、どうなっているんだ!」と激しい口調で訴えていました。それに対して看護師さんの方も引かず、「皆さんもお待ちですから」と説得に努め、議論は平行線をたどっていました。

そんな状況を聞きつけてか、少し年配の看護師さんがやってきました。「いかがなさいましたか?」と患者さんに話を聞く年配看護師。患者さんの訴えに耳を傾けた後、患者さんを説得するようなことは一切言わず、ただ「申し訳ございません、申し訳ございません。」と何度も謝っていました。
すると不思議なことに、さっきまで激怒していた患者さんの表情はみるみるうちに和らいでいき、「それじゃあよろしく頼むよ。」と言って待合室のソファーに向かって行きました。

「自分が勝とう」では両方負けてしまう

いくら待っても順番が来ないと訴える患者。今日は混雑しているから待ってくれと説得する看護師。どちらが一方が正しいというものでもなく、お互いに「自分の主張は正しい。相手がわかっていない」と考えているような状態は、日常生活においてもよく見られます。このような時、私たちは自分の主張を伝えるのに精一杯で、相手を立てようというような考えにはなかなか至りません。

2つの正しい主張を互いに突き合わせても解決には結びつかず、かえって双方の心をむしばむだけです。「自分だけが勝とう」として、結局2人とも負けてしまうのです。

進んで降参しよう!

そんな時に是非実践したいのが、先ほどの年配看護師さんが行ったように、自ら進んで降参することです。申し訳ございません、あなたが正しい、私が間違えていました……そう言って、相手を立てるのです。
相手の方が正しいと、心の底から思う必要はありません。先ほど紹介した年配の看護師さんも、心の中では「もう少し待てば良いのに」と思っていたかもしれません。しかし、患者さんの主張を認め、素直に謝ったことで、場を収束させることができました。その意味では、年配看護師さんの勝利といえるわけです。
不思議なもので、人は抵抗されたり言い訳をされたりすると、なおのこと自分の主張を激しく伝えます。しかし、何も言われずただ聞いていると、だんだんとほとぼりが冷めていくものです。
激しい口調で長時間怒れるという人はほとんどおらず、5分も話していると冷静になっていきます。そこで下手に対抗してしまうからこそ、議論は白熱し、お互いに敵対心が燃え上がってしまうのです。

「何で自分が謝るの?」という利己を捨てよ

大人になればなるほど、プライドが邪魔をして素直に謝ることが難しくなってしまいます。「負けるが勝ち」だと頭では分かっていても、「何で自分が頭を下げなきゃならないんだ?」という思いから、なかなか謝れないという人も多いのではないでしょうか。
謝っても減るものはありません。謝ることで評価が下がることはなく、むしろ上がることもあるでしょう。
「自分のせいじゃないのに」「何で自分が?」という思いにとらわれていたとしたら、それはまだ自分のことしか考えていない未熟な状態です。視野を広く持ち、事態の収集と信頼回復を考えれば、謝ることに対する無用な抵抗感も和らぐことでしょう。

自分の正義感を盾に対抗したり、自分が責められた時に言い訳をしたりするのは、ついついやってしまいがちです。自分のことを守ろうと必死になっている状態では、自分も相手も苦しくなってしまいます。
あえてカブトを脱ぐことで、結果的に勝利を得る。自由な人は、そんな「負けるが勝ち」を実践しています。

yuma
yuma
SOOLファウンダー。異彩人材を次々に惹き付ける独特の声、才能を引き出す不思議な眼力を持ち、人間をこよなく愛する3児のパパ。子供達があこがれを抱くかっこいい大人で溢れる世界を作ることを目指して旅を続ける。同じ志とパワーを持つ伝道師の発掘と育成に命を注ぐ。

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